VR元年はに読んだ本を2冊.未来はあるのか,応用可能性についてのお話.
VR元年と騒がれた2016年ですが,RiftやViveを即購入するハイエンド層だけでなく,PSVRの登場によって一般層まで知られるようになってきていました.
価格帯や対象年齢層こそ大きく違いますが、ハイエンドのパーソナルコンピュータ(当時の呼び方はマイコン)と、テレビのRF端子につなぐ単純な機構の家庭用ゲーム機が多く発売されていた1980年初頭に登場し、不動の地位を築いた「ファミリーコンピュータ」のポジションにかなり近いと考えています。
from ITmedia
ハードウェアの性能や価格は別としても,全く新しいインターフェースとして高い注目を集めているのは間違いないでしょう.テレビなどでも取り上げられたりもしていますし,タレントのリアクションなんかも話題になったりしています.Nerd感溢れる見た目なので,その点で少し一般受けしづらい気もしますが,それはこれからの課題として解決されることを期待したいところです.
一方で,PCゲーマーからするとハードの要求スペックも高いし,コンテンツは“一発ネタ”的で,長く遊ぶにはどうかなと少し懐疑的な部分もあると思います.そんな中でサマーレッスンを始めとする,日本のお家芸ともいえるギャルゲーを中心として一気にコンテンツの幅が広くなったような印象を受けていて(アダルトゲーム界隈の反応が一番だったような気もするのですが),こんな体験,あんな体験ができるのかと感心させられるものも多くなってきました.VRというとShooterの分野が強いものだとばかり考えていたので,この変化というのは結構意外でした.
ということで,こういった最先端のVRの状況を知りたくなったのがキッカケで,珍しく紙媒体の解説書に手を出してみることにしました.
VRビジネスの衝撃―「仮想世界」が巨大マネーを生む
224ページですが,内容としては210ページくらいでしょうか.今回読んだ本はどちらもKindleにて購入しました.便利な時代になったものです.スマホでダラダラと読んで大体5時間で読了しているので長い本でもなく,内容もそこまで難しくはないのでサクサク読めると思います.
VRを中心に人が出てくるのですが,他にもITの著名人が取り上げられています.彼らについて少し知っているとより深く理解できそうな感じもしますので,あまり詳しくない場合にはそれぞれ調べてみてもいいかもしれません.同様にモノやサービスも多数出てきますから,それぞれがどういう役割なのか(勿論中でも触れらていますが)という点について知識があるとVRを取り巻くものが見えてくるのかなというところ.
基本的には著者である新 清士氏のVR体験を,"没入感"というキーワードのもと紹介するという流れになっています.序章ではVRに関するお金の動きを簡単に紹介しつつ,どういったデバイスが流通しているのか,その出所などにも触れらています.彼の体験した"没入感"がすごかったのだろうなという熱意が伝わるイントロになっています.軽くコンテンツの紹介もあり,今後のコンテンツビジネスの中心を担うであろう(と彼が考えている)体験型のコンテンツがこの没入感とどう関係しているのかが話されています.
続く第一章で没入感に関する詳しい解説が行われていきます.技術的な部分を交えながらそれがどこから出てきているのか,どう生成されているのかという点に触れています.
『ヘンリー』の映像にバースデーケーキがつぶれて,ケーキの破片が飛んで来て,見ている私達を慌てさせるというワンシーンがありますが,ケーキを目で追いかけて飛んでいく方向を向いていても,たしかにそこに破片はあります.あたかも映画の中に自分が存在しているのではないかと錯覚するほど,リアルタイム・レンダリングで生成される映像をヘッドマウントディスプレイで鑑賞するVR映像は没入感が強いものです.
まぁ外部の情報をほぼシャットアウトしているデバイスなので没入感はあるだろうなと考えていたのですが,レンダリング技術の向上が鍵だったというのはすっかり忘れていた事実です.友人もしきりに“最近は影がすごい,影がすごいのよ”と言っていたのを思い出しました.とするとこのデバイスとリアルタイムレンダーでしかできないコンテンツもあるのだろうなと感じますし,逆に従来のようにカメラで撮影されたコンテンツはどのように対応すれば良いのだろうかという点が気になるところです.カメラの高解像度化やHDR化,360度撮影でこの没入感を出していけるのかが課題となりそうですね.
二章は歴史的な話で,読んでいて一番面白かったです.まとめてこういった流れを知る機会もなかなかないですし,各メーカーの意図もしっかりと明示されているところが好印象です.一方で,ザッカーバーグがVR(を始めとしたMixed Reality - MR)に力を入れているのは事実ですが,他の巨人がどうも乗り気ではないという点は少し不透明にボカしている感じがします.また,PSVRは他のHMDに比べれば安めに手に入りますが,性能が一段落ちていることやお膳立て(PS4 Proが欲しくなる点など)が必要という欠点があって,本当にプラットフォームとして機能させるにはまだまだ課題が多いことから,本書のようにこのまま突き進んで良いのか,という不安を感じてしまいます.
- すぐ婚VR
三章からいよいよ日本におけるVRのコンテンツビジネスに入っていくのですが,日本でも色々と応用されているのだなと気付かされることも多かったです.結婚式場や戦艦大和の復元などは夢もありますし,VRと資料の保存については後ほど読んだ2冊目でも述べられています.何故それが良いのかという点はやはり"没入感"があるから,そしてそれによって実在感が生まれるからであるとしています.コンテンツに重点が置かれていますが,アイトラッキングなHMDなど変わったデバイスも開発されつつあることなど,ハードウェアも新しくなっていることに触れられていなかった点が少し残念です.
そして最終章となる四章ですが,これまでの内容を俯瞰しつつ,世界に目を向けています.ここでハードウェア開発に関わる業界について軽く触れているのも好印象でした.値段が高すぎるという点をどう克服するのか,モバイルVRをどう使うのか,太いケーブルをいつまで体に巻きつけていることになるのか,解決策として“ハードの進化を待つ”というのは非常に曖昧だなぁと思ってしまいましたが,そこから先はなんとも言えないのが真実なのだと思います.
実際ハードメーカーも小型化,高性能化を努力していますが,それで採算の取れる普及製品になるのかはまた別の話で,とするとこれからどんな解決策が出てくるのかは神のみぞ知るというか,市場判断なのでしょうね.現状もっとも広く利用されているモニターといえばFullHD,60Hzですが,出始めの頃はまだ720pのコンテンツも沢山ありましたし,対応モニター,TVも高額でした.しかしハードとソフト,そして消費者のギャップが埋まるにつれて普及していったという様子を観てみると,VRのHMD,コンテンツも同じような広がりを見せられるかどうかが鍵となりそうです(今回は4Kというライバルが居ますが).
またベンチャーで何が起こっているのか,非常にザックリですが幾つか触れられています.ビジネスを考えるという点ではココらへんが参考になりそうです.セカンドライフは今度こそ成功するのか,気になるところ.
という感じで,各章非常に駆け足で色々なことを触れて回っている内容になっています.エンタメ中心のVRのコンテンツ業界を把握するという意味では悪くない内容だと思います.また軽くではありますが,技術的な部分や,歴史,今後の未来についても触れているので教科書的にも使えるのではないでしょうか.
エンタメ中心にはなってしまいますが,私のようなゲーマーからすると一歩引いたところからVRを眺めるいいきっかけになりました.さしづめAmazonのレビュー風にいえば4/5点という感じで,入門書や教科書としてはよく出来ているはずです.しかし,エンタメ以外のVRビジネスにももうちょっとフォーカスしたほうが,より未来を感じられれるものになると思いますので,その点が-1です.
いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド
東京大学教授の廣瀬 通孝氏による本.こちらも読書時間としては4,5時間です.上述の本とは趣向が異なりますが,そこまで難しくなくサクサクと読めると思います(少なくともそういう意図で書いていると述べられています).
タイトルのネーミングがうまいなぁと感じた本で,ある意味肩透かしを感じる内容になっているかもしれません.老い,100年,VRという一見ミスマッチなワードに惹かれる方も少なくないのではないでしょうか.読んでみるとミスマッチでもなんでもないのですが,先程のエンタメ中心とは少し異なります.エンタメ以外のVRとはなんぞやという話になりますが,情報工学や認知とヒューマンインタフェースを組み合わせる研究レベルの話です.なので先端VRガイドというのは間違いではないです.
一章,二章でVRのコンテンツ,そしてその歴史を確認しています.第一章からいきなり人口減少のお話になっているのが本書の特徴を表していると思います.超少子高齢化の時代が来る時に,ITの力を使ってどう対応できるのかということが主題です.そんなITの中でのVRという立ち位置を確認しつつ,続くコラムで実際の応用(というか研究プロジェクト)を紹介しています.高いHMDでハイエンドなVR体験ということではなく,モバイルに徹している辺りからも本書のコンセプトがあくまでVRの認知向上,技術紹介になっていることが分かると思います.
The Swords of Damocles, By I.Sutherland, from flickr
そして第二章というのがテクノロジーの歴史を辿るという点で楽しかったです.1960年台から歴史を振り返っており,上述の本ではパルマー・ラッキーを中心とした歴史になっているのに対し,本書では彼はあくまでVR史の中の一人として扱われていることになります.先人がどのように考え,どのように未来を想像していたのか(大抵は外れているわけなのですが),そこにどのようにVRが関わっているのかが説明されています.機械工学科出身の先生ながら,そこまで堅い話になっていないのは好印象です.しかし...
笑ってしまったのが第三章で,唐突に熱力学の講義が始まります.エントロピーは増大するもの,自然は乱雑になるものという話になります.そこにVRを組み合わせてくるのです.これには一本取られたというか,それはそうなのだけれど...という感じで,やや話を複雑にしすぎている(科学的には簡単にしようとしているのでしょうけれど笑)印象を受けました.熱力学と情報工学の関係といったところを説明しているのですが...そして私は情報工学に“マックスウェルの悪魔”という概念が用いられていることを初めて知りました.
そして第四,第五章では最早VRがあまり出てこないです.第三章を受けて何故VRが使えるのか,必要なのかという根拠を示している章になります.ここで一番記憶に残っているのは老後が時代によって変わっている(伸びている)という話です.サザエさんの一家が例に挙げられていますが,仕事をして60代,平均寿命からしてももう老後は数年という時代から,平均寿命は伸びに伸び,90歳近くなっているということは老後に再び働き始めているのとほぼ同義の時代になっているということになります.
磯野波平 - official
年齢は54歳。趣味はたくさんあり、囲碁、盆栽、釣り、俳句、骨董品の収集などなど。ただし、全てが得意なわけではなく、下手の横好きも多い。性格は、一家の長としての威厳と貫禄はありますが、同時に人の良さも兼ね備えています。まがったことが大嫌い。ちなみに、弱点はお酒と美人です。
54歳で隠居し,盆栽に勤しみ,60になればもう一生を終える覚悟をする時代ではなく,更にそこから働き始めるかのような時代だということです.そこで使えるのがテレプレゼンスなどのVR技術ではないかという提案です.この提案も既にデモが行われているとのことで,現実的でそう悪くないのではないかなという印象を受けました.HMDを装着するのだけが何もVRではないのだなということに改めて気付かされます.
第六章ではそれまでに触れてきたアイディアをどのように形にしようとしているのか未来というテーマで明るく説明しています.主には廣瀬氏のプロジェクトである高齢者の能力を解析し,仕事を分配するという体系づくりのアイディアが紹介しています.どういったVR技術 - 例えばテレプレゼンスを使うのかどうするのかという点がまだ見えてきていない,研究途中なのだと思うのですがこちらも現実味のあって,有効そうなアイディアだなと感じました.
[amazonjs asin="4061385836" locale="JP" tmpl="Small" title="いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド (星海社新書)"]
全体的に廣瀬氏のプロジェクトで扱った内容の紹介が多いように感じましたが,どれも興味深いものばかりで発想の自由さに驚かされます.少子高齢化社会に警鐘を鳴らし,そこにVRからアプローチしようという試みが本書の中心になっています.途中の章で困惑するような内容になってしまっている部分をなんとか乗り越えられれば,楽しんで読めると思います.私のように科学を齧ったことがあって,HMD以外のVRという分野をより高いところから俯瞰してみたい,という場合には最適な本になってます.
二冊で一冊
両方読んでみると気づいたのですが,この二冊はペアで読むと相補的に理解できる内容になっているということです.方やゲームを中心としたVRで今アツい分野,方や若干地味ながらこれからアツくなる分野ということで,これまでとこれからを全て網羅できるようになっています.なのでどちらかというよりも二冊で一冊的に,両方読んでみるのが良いのではないかなと思います.
注意点として敢えて挙げるならば,一冊目のVRビジネス--- は,図書紹介にもありますが,あくまでレポートなので,深くビジネスチャンスを探るために読むのには向かないです.また二冊目の先端VRガイドも同様で,ビジネスをというよりかは活用例なので,これらを組み合わせてどうビジネス企画をするかということは全く触れられていません.なので,ビジネス書として読むには向かないと思います.
Future with VR
このブログでも結構触れていたのですが,AppleとMicrosoftの二大巨人はVRに対して大きなリアクションを取っていないという状況です.彼らはARを中心に動いている様子なのはMSのHololensへの力入れやTim Cookの発言からも分かると思います.
A lot of us live on our smartphones, the iPhone, I hope, is very important for everyone, so AR think will become really big. VR I think is not going to be that big, compared to AR. I’m not saying it’s not important, it is important.
- Tim Cook
VRはARほど大きくならないということ.それはやはり利用機会が限られるということなのかなと感じました.HMDというハードウェアの制約や,コンテンツ制作の難易度という点から普及させるには課題が多く,ハードルが高すぎるという印象です.そうなるとエンタメ以外のコンテンツにまで普及させるにはARがどうしても入り込んでくる,少なくともMRになるということなのだと思います.そんな中でVRの存在意義とは?ということで両書で触れられていたVRの未来について,最後に紹介しておきます.
戦艦大和を3Dレンダリングし,VRで体験できるというもの.歴史的資料のデジタル保存と,VRの実在感を上手く組み合わせた例になります.これはARでは実現できず,VRでこそなせるものになるのではないかと思います.
meet the Hetty-bot, from NCIS:LA S5E11
もう一つがテレプレゼンス技術.技術というよりは概念と言ったほうが良いのかもしれませんが,これも実在感が必要ということはVRの出番なのだろうと感じています.
毎度国語,現代文で赤点ギリギリを獲得していた私なので,ダラダラととんでもない内容になってしまいました.今回の二冊は軽めに読めそうな新書ということで,特に書評等は読まずに選んでいます.よって,より有意義な本もあるかと思いますが,VRの最先端をエンタメ,それ以外から知ってみたいという方には最適な本であることは間違いないと思います.皆様が情報を得るための助けになれれば幸いです.
因みに:NCIS:LAはAmazon Prime Videoでシーズン6まで観られます.テレプレゼンスに限らず,最新のテクノロジーが出てくるので結構面白いです.興味がある方は是非.